条坊制と朱雀大路

閑人或いは酔っ払いの囈語

近頃、妹の性格が悪い。

 タイトルの通りでそれ以上でも以下でもない話を少々失礼。

 

 そもそも性格が悪いというのをどう定義するのかという問題もあるものの、うちの妹の場合で言うのなら、とにかく芸能人へのバッシングが酷い。現実世界で関わりのある相手から嫌な思いをさせられたから悪口を言う、ということなら理解可能なんだが、お前はそのタレントさんに親でも殺されたのか?ってレベルで叩く叩く。特に、容姿への非難が度を超えていて、とてもじゃないけど聞いていられない。人間の容姿なんて「無謬」でないからこそ美しいものだし、「無謬」であるべきと言うならもうちょっと鏡とか見てみたらどうかなと思うけど、そういうことじゃあないんでしょうね。

 昔はこんな子じゃなかったのになぁ。大学に入ってからどんどん性格が悪くなって、社会人になった今は最悪。おそらく察するに、日々いろんな我慢をしていてその鬱憤をどこかにぶつけなきゃ気が済まない、ということなのだろう。たぶん、東大の安冨さんがおっしゃっていたみたいに。

「50年間、自分は男性だと思い込んでいたけど、何か不愉快な感じがあった。ものすごくイラついていて、人を攻撃して叩きのめしたりするのが大好きだった(笑)。ある時、女性の服を着たら精神が安定して、もう男性の服を着ることができなくなった」。

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 「社会」人になるうえで「社会」に「適合」しなければならないから抑圧に対して自覚的であってはならないのも、まあ、わからんではないものの、ある種苦しみに藻掻き続けるしかない構造のなかで他の誰かを叩いても解決しないのは明白なわけで。それでも自分が苦しんでいる「理由」がわからないうちはイライラし続けるのが人間というもので。

 極度に「社会化」されるってしんどいですよね。天才的に自覚なく自分自身を騙すことのできる人の強さよ。細々とした社会規範まで自ら望んで身に付けたと無邪気に信じることのできる人はしあわせだろうけど、そういうしあわせな人も案外いなかったりして。でも、みんな「いっせーのーせ」(※関東人ですみません)でやめようとなるまでなにもできない。なにかが違うのに、どこか足りないのに、それが何なのかもわからないし、どうすればいいのかもわからない。わかりやすく社会的弱者でなくとも、説明が難しくても、そういう苦しみは存在すると思う。

 

 うちの妹が今後どうなるのかは知らないけれども、そんな風に他人をバッシングしなきゃ気が済まないほどに日々がストレスフルなら、少しは「社会」から離れた存在になってもいいんじゃないの、とは。仕事をするということと、「社会化」された存在であるということは重なるところはあっても、必ずしもイコールにはならないから。それが完全にイコールでなければならないと信じてやまない人の「暴力」的な言動がやんでほしい、という願いも込めて。

 

 人は胸糞悪い奴として生まれてくるのではなく、環境次第でいくらでも胸糞悪い奴になっていくものだ、というのがわりと貴重な発見だったので妹には感謝。