条坊制と朱雀大路

閑人或いは酔っ払いの囈語

まあ、そういうこともあらぁな

 最近は少し疲れた。休みがないのもそうだし、他人と関わりたくないなぁと思うこともあったり。人間関係というのもなんだか違う。他人と関わることそのものが億劫になるような感覚。

 

 どういうわけか、近頃はアウティングされることが多い。もっとずっと隠して生きればここまでアウティングされることもないのだろうと思う一方で、ちょっとこれは限界だなという状況がなければやたらめったら自分の話をしないので、八方塞がりな感があるのも否めない。

 アウティングとはまったく異なるが、初対面の小学生に難癖をつけられたこともある。どうやら「普通」じゃないのが気に食わないらしい。まあ、仕方ないと言えば仕方ないのだろう。その子の趣味の問題ではなく、そういう価値観にならざるを得ない社会に生きているのだろうから。

 

 生きるのって、面倒臭い。心底そう思うことがある。自分を守ってくれるような友人に恵まれてはいても、平気で無神経なことをして開き直る奴もいる。そういう奴と関わりたくない。権利のために戦いたいとは思えなくて、ただただ面倒臭い人と関わり合いになりたくない。他人を変えようとは思わないし、変えられるとも思わない。たいていのことはネットで調べりゃわかるこのご時世に、なんでもかんでも丁寧に説明してもらわなきゃわからないんじゃあしょうがない。

 

 なにもしたくない。穏やかに生きたい。そう、なんとなく将来の夢を見つけることができて、それを実現するためにはどうしたらいいのか考えている。

 穏やかに生きたい。ただそれだけ。ものすごい社会的成功とか、とびっきりの幸せとか、ドラマティックな恋愛とか、なにもいらなくて、ひとりでもなんでもいいから、ただ穏やかに生きてみたい。死ぬまでの2〜3年くらいでいいから、ゆるやかな気持ちでいたい。自分のポンコツさに落ち込むことはあってもいいけど、誰かに憤ることはしたくない。

 

 たぶん自分は、死ぬモチベーションがないから生きているだけで、生きるモチベーションもそこまでない(気分と状況にもよるけど)。良し悪しはわからないが、省エネなのかもしれない。他人と争うのは面倒臭いし、苦労してまで他人に自分を認めさせたいとは思えない。そういうのはお互い疲れちゃうから関わらなければいいと思う。

 だから、この先の人生で極力(自分にとって)面倒臭い人たちと関わらないようにしたい。趣味が合わなくても、価値観が合わなくても気にならないけど、他人の内面を引っ掻き回すような人とは離れて暮らそうと思う。逆に言えば、俺のことを面倒臭いと思う人がいればそれはそれで関わらないでくれればいいし、そういう考えは尊重したい。

 

 正直、自分が傷付くことよりも、自分が傷付いてるのに同じようなことで他人を傷付けることのほうが嫌だしこわい。そういう意味でも、ネット上に自分の考えを書くのは憚られることがある。特定の人物しか読まないものなら、その人の事情に配慮すればいいだけだけど、不特定多数が読むとなると途端にそれがむずかしくなる。

 博愛主義ではないものの、ネガティブな感情をもって他人と争うエネルギーが無駄だと思っているタイプなので、他人に優しくできるならそれに越したことはないよね、と思っている。だっていつ死ぬかもわからないんだし、どうせ生きるなら楽しくないよりは楽しいほうがいいでしょう(たぶん)。

 

 普段からあまり考えずに勢いだけで文字にすることが多いので、今日もけっこう滅茶苦茶。とりあえず寝たい。1時間も2時間も悩み続けることなく寝たい。いっぱい寝るとね、起きたときに自分誰だっけ?くらいからはじまるから、いろいろと気が楽なんです。睡眠最高。睡眠万歳。